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サービスとしてみた年金制度

>全ての年金加入者・受給者に納付履歴通知…社保庁が検討
>
>社会保険庁は25日、08年度にすべての年金加入者・受給者計約1億人に、
>現時点での詳細な納付履歴を通知する検討を始めた。
>納付履歴は当初、受給者と一部の加入者らにのみ通知する予定だった。
>(2007年6月26日 読売新聞)

このニュースを見て、ほとんどの人はため息をついたのではないでしょうか?
自分が払ってきた年金保険料がどのような記録になっているのか?
いままで通知されてこなかったことが本当に不思議です。

もし民間の金融機関だったら....皆さんどう感じるでしょう。
誰もお金を預けに行こうとは思いませんね。

たとえば、
⇒定期的な残高報告書の送付、当たり前です。
⇒通帳の発行や記入ができる、当たり前です。
これが本来のサービスです。

年金制度はまるで中身が判らない貯金箱のようでした。
「いくら貯まっているのかわからないけど毎月入れている」
という感覚で長らく運営されてきたのです。

私たちの【将来の生活用資金】がです。

しかも数年前までは「58歳にならないと正確には解らないんですよ。」
に対して、「ああ、そうなんですか。」というのが普通の制度でした。
ウーン、これも不思議です!

貯金箱にも例えると、いざ割ってみたら...頑張って入れてきたお金
が全然貯まっていなかったということが起こりえています。

「年金制度=サービス」としてみた場合、ありえないものです。
民間企業ならば市場から即退場を余儀なくされているはずです。

いかがでしょうか。

しかし、世の中は矛盾があれば、何年掛かってもやがては是正をされて
いくという法則はあります。年金制度も然りだと信じたいです。

はい。プラス思考で考えてまいりましょう。

かなり遅い感はありますが、当たり前のシステムが出来あがりそうです。
システムがスタートすると、あちこちで「そんなはずはない!」という大混乱が
予想できますが、長い目でみると収まっていくはずと考えます。

自分の納付記録を知る。その内容が正しいかをチェックする。
それを元に老後の生活設計(リタイアメントプラン)を立ててみる。
どれぐらい足りないのか、どうしたら補えるのかを考えてみる。

⇒私たちも当たり前のことにやっていなかったのです。

この問題をきっかけに、国民1人1人がリタイアメントプランというものに
気付いて、しっかりと見つめて、関心を持って取り組んでいく...
その流れもやがて当たり前のことになるでしょう。 /staff (yamashita)

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親子2世帯でライフプラン

最近、親子間での援助金についてのご相談も多い。

子世代は30~40代、親世代は50~60代。
子供の住宅購入などをきっかけに、親子間で話が出てくる。

子供世代は将来の収入増もそれほど見込めないが住居は高額である。
親世代は感覚的には自分たちの生活にはある程度メドがたっているので
子供世帯に少しでも応援したいと思われている。

 ○いくらまでなら援助しても自分達の老後が大丈夫か?
 ○老後の様々なリスクに対応するには、いくら準備しておけばいいのか?

など慎重に検討し援助金の額も決めなければなりません。

しかし長寿時代となり、親の相続が起こる時期には子供世代がお金のいる時期が
終わっています。子供世代は住宅ローンなどで多額の金利を負担しなければなりません。

こんな時に2世代のライフプランをつくり、親子間でもバランスのとれた資金計画を
つくります。

子世代は住宅資金・教育資金・老後資金のバランス。
親世代は老後の生活資金・趣味や旅行の資金・病気や介護のリスク費用のバランス。
2世代にとって丁度良い援助金の額をシュミレーションします。

最近は国も相続時精算課税制度を設けて、生前贈与しやすくしています。

親世代もこれをきっかけに資産運用や保険の整理など
しっかりしたリタイアメントプランをつくられる方が増えてきています。

/staff (ito)

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年金の問題から見えてくるもの(組織論 から)

以前のブログで年金のことを取り上げました。覚えていらっしゃいますでしょうか?

まさにその話題がかなり世間を賑わしていますね。そして、大量の納付記録漏れによって、昔からの社会保険庁のずさんな管理、勤務実態、体質が露呈しました。

で、今日は年金の話というわけではなく、趣を変えて組織論のお話をしてみたいと思います。

今回のような問題。社会保険庁の体質だけが起こしている事とは捉えてはいけません。他の省庁や民間でも充分ありえます。

そもそも人間が集まって1つの仕事をしていると、どこかにいわゆる「抵抗勢力みたいな人」たちが必ずと言っていいほどいます。実質的に貢献していない人たちです。サラリーマン時代沢山見てきました。

「まる投げしてチェックなし」「トラブルがあったら下のせいにすればいい」「業務範疇外です」「すぐに異動するから、問題は先送りして後継に対応してもらえばいい」「責任者が決まっていない以上触れないでおこう。」
いかがでしょう。
組織でお仕事をされている方、このような状況を1度でも見たことがあるのではないでしょうか? それがかなり蔓延していたのが社会保険庁であると想像できます。

民間の会社では、商取引の中で矛盾した事柄はやがて表面化していくものですが、行政機関となれば外部からの監視の目が行き届かず放置されていることが多いと思います。資金運用で問題が発生しても国民の税金(○○会計など)から補填されているという不条理なセイフティーネット?があります。

私たちに提供されている情報やサービス(施設運営など)に問題がない、欠陥がないと信じたいところですが、組織の中にいる人の行動を掘り下げて考えてみると、そんな前提を持たないほうが良いかもしれません。

ちょっと難しい話になりましたが、

つまり、私たちは間違いは起らないものだという「性善説」ではなく、間違いは起こりえるものという「性悪説」の考え方で捉えていく必要があるということです。

「性悪説」を前提とする場合、その間違いを正しくするにはどうすればいいのでしょうか?それは定期的に評価して修正することです。まず「関心」を持ち、どうなっているのか?という「見直し」、情報に間違いがないかという「確認」という行動を繰り返します。まさにPlan(Think)⇒Do(Action)⇒Checkの継続に尽きます。

年金や社会保険庁の話題もしばらく出てきませんでした。
まさに参議院選挙の争点はコレだ!と取り上げられている感はありますが、ぜひ選挙が終わった後もチェックは緩めないようにしていきたいものです。「喉元過ぎれば...」マスコミや日本国民がよくやるところです。

毎年1回は社会保険事務所へ足を運んでみること。皆さんにとって決してムダなことではありません。     /staff (yamashita)

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